濵田暁彦医師 コラム番外編
2019/04/19

「京丹後市看取りセミナー配布資料 : 2018年12月9日開催」

京丹後市 平成30年度看取りセミナー 『さいごまで自分らしく生きるために』 
                  丹後中央病院 消化器内科 濵田暁彦
 
 「人生の終末期・死」は全ての人にやがて訪れる人生最大のそして一度きりの出来事です。1970年代に日本では病院で亡くなることが当たり前となり、それまでの「看取り文化」が衰退してしまいました。しかし世界的な医療の流れ、社会の変化の中で、最近の日本でも「看取り」が見直されてきています。
 
 終末期に行う「緩和ケア」は、「患者さんの苦しみを和らげ、QOL(生活・人生の質)を高める事」が一番の目的になるため、救命救急や延命のための通常の医療とは異なる部分が多くあります。しかし「死」が病院の中だけの出来事となり現実世界での看取りの経験がほとんどない人が増え、また安易に「死」を表現したテレビドラマや映画、マンガなどの視覚メディアが広まったために死に対する一般の認識は現実のものとは随分かけ離れてしまいました。可能な限り「現実の死」を知り、『さいごまで自分らしく生きるために』自分やご家族の終末期・死についてじっくりと考えてみて下さい。

 与謝野町商工会の広報誌「くすぐる」に、「くすぐる診療所」というコラムを毎月書いています。また同じ内容を丹後中央病院のホームページに「医師コラム」として掲載しています。2012年4月の第1号から始まり、2018年12月には第81号となりました。その中からNo.61「人が死別と直面する時」その3を資料として添付します。No.59, No.60の続きです。その他にも「胃ろうの話」No.24, No.25および「人工呼吸器の話」No.26, No.27も末期治療に関するお話しです。興味のある方はご一読下さい。
→インターネット検索で、「丹後中央病院」「医師コラム」と入力して検索してみて下さい。全タイトルを掲載しています。「がん」についても色々と書いています。

参考資料、書籍
【キューブラー・ロス「死ぬ瞬間」1969年】
死にゆく患者約200人との面談を通して、「死の受容プロセス」を否認→怒り→取引→抑うつ→受容であるとし、最後に希望をも捨て「解脱の境地」が現れるとした。

【シシリー・ソンダース「The Management of Terminal Malignant Disease(末期悪性病のマネジメント)」1984年】
世界で初めてホスピス病院を創設し、「身体的」「精神的」「社会的」「スピリチュアルな」4つの苦痛=全人的苦痛を緩和する医療を始めた医師の著書。

【WHO「がんの痛みからの解放」第1版:1986年、第2版:1996年】

【立花隆「脳死」1986年、「臨死体験」1994年】

【山崎章郎(ふみお)「病院で死ぬということ」1990年】

【カール・ベッカー「死の体験」1992年】

【奥野修司「看取り先生の遺言 がんで安らかな最期を迎えるために」2013年】
東日本大震災の後「日本の緩和ケアには『臨床宗教師』が必要だ」と説き、自らもがんで自宅で亡くなった在宅緩和ケア医師・岡部健の生き様と死に様のレポート。現代日本人の死生観、看取り、在宅医療の問題を網羅していて、是非読んでいただきたい一冊です。

【二宮敦人「最後の医者は桜を見上げて君を想う」2016年】
余命いくばくもない患者の「死を受け入れる医者」対「死に抗う医者」を描いた感動の医療小説。


参考映画
【黒澤明「生きる」1952年】
胃がん宣告を受けた公務員の主人公(志村喬)が、「ゴンドラの唄」を口ずさみながらブランコをこぐシーンは有名。

【伊丹十三「大病人」1993年】
がんで余命1年の主人公(三國連太郎)が、残りの人生をどう生きるか、どう死ぬかという葛藤を、伊丹十三ならではのコメディーを交えながら描く。

【砂田麻美「エンディングノート」2011年】
今回のセミナー第2部で上映されるドキュメンタリー映画。がん末期となった一人の男性。彼は「段取り」好きです。しかし、どれだけ綿密に準備をしていても、初めての死の体験に本人も家族も慌ててしまいます。現在の「死を身近に経験したことの無い」日本人の姿をリアルに映し出しています。

【周防正行「終(つい)の信託」2012年】
1998年に実際にあった主治医による人工呼吸器抜去:川崎共同病院事件が元となった映画。役所広司さん演じる末期喘息患者さんが草刈民代さん演じる呼吸器内科の主治医に「チューブに繋がれる様な延命治療はしないで欲しい」と頼んでいました。患者は遂に呼吸不全に陥り意識不明で救急搬送され緊急に気管内挿管をされ人工呼吸器に繋がれるのですが、数週間の治療の後回復不可能と判断した主治医は本人の意向を踏まえて家族の前で人工呼吸器を外し患者さんは亡くなります。しかし3年後に家族が訴えを起こし刑事事件として元主治医は大沢たかおさん演じる検察官に逮捕されるのです。生命倫理と医師のモラル、患者と家族と医療者との3者のコミュニケーション、医師の守秘義務、そして法律の壁と言った社会問題をふんだんに盛り込んだ内容の濃い映画です。現在では、末期患者さんが辛い治療を受けない権利が広く受け入れられる様になり、この様な痛ましい事件が起こる事は少なくなったと思いますが、「尊厳死法案」は2012年に超党派の国会議員連盟が提案して以降もまだ立法化には至っていないのが2018年現在の状況です。

【黒澤清「岸辺の旅」2015年】
ピアノ教師を細々と続ける主人公(深津絵里)の前に、亡くなった夫(浅野忠信)が現れる。2人は死と生のはざまを彷徨う人々の元を旅します。いくつもの死別の形を通してそれぞれの悲嘆(グリーフ)を受け入れ、最後に主人公は夫の死を受け入れます。残された家族の心象を綴った不思議な物語。

【阿久根知昭「はなちゃんのみそ汁」2015年】
5歳のはなちゃんに、乳がん末期のお母さんは「だし」からとる味噌汁の作り方を教えます。それは「食べることは生きることの原点」という考えの故(ゆえ)でした。お母さんが亡くなった後もはなちゃんはお母さんの教えを忠実に守り毎朝早起きをして味噌汁を作り続け、お母さんの希望の通りたくましく生きて行くのです。

執筆
濵田 暁彦

1974年京都府宮津市生まれ。1993年宮津高校卒業。1年間浪人生活を京都駿台予備校で送り翌年京都大学医学部入学。2000年京都大学医学部卒業後、京都大学医学部附属病院内科研修を1年行う。2001年京都桂病院内科に研修医として赴任。2002年京都桂病院消化器内科医員となり、2007年同副医長。2010年故郷である丹後中央病院消化器内科部長として赴任。現在丹後中央病院消化器内科主任部長兼内視鏡室室長、他に京都大学医学部臨床講師(2015年〜)、宮津武田病院非常勤を務める。モットーは「楽な胃カメラ」「痛くない大腸カメラ」。早期癌の診断治療(拡大内視鏡・食道胃大腸ESD)、胆膵管内視鏡ERCP、超音波内視鏡EUS、EUS-FNA等が専門。機能性胃腸症:FDや過敏性腸症候群:IBS、便秘などで苦しむ患者さんの治療や、様々な不定愁訴に対しても西洋医学(総合内科)と漢方医学を融合させた医療を実践中。また老衰や認知症に伴う肺炎などの終末期患者さんの看取りや、各種がんの終末期緩和ケア&看取りをこれまで多くの患者さんに行い、安らかな最期を迎えられるようチーム医療で取り組んでいる。

所属学会・認定専門医
日本内科学会総合内科専門医、日本消化器病学会専門医、日本消化器内視鏡学会指導医・専門医、日本膵臓学会、日本胆道学会、日本臨床細胞学会、日本食道学会、日本肝臓学会、日本ヘリコバクター学会認定医、日本腹部救急医学会、日本時間生物学会、日本臨床腸内微生物学会、日本東洋医学会